文化や風習は、時代とともに移り変わるもので、
決して固定化したものではない。
その部分としての「迷信」もまた、
時間とともに変化を繰り返してきた
かつての代表的な迷信
「食事をしたあと、すぐに寝ると牛になる」
「夜、爪を切ってはいけない」
「霊柩車を見たときは、親指を隠せ」などは、
私たちの先祖にとっては常識的な言葉といえ、
日々の会話にも頻繁に登場するものだった
しかし、現代ではその使用頻度はごく低くなり
若い世代には言葉の存在すら知らない人もいるだろう
ほかにも、昔はよく使われたが、今では死んだ言葉と
なっているものは少なくない。だからといって、現代社会から
迷信が姿を消し去ったというわけではない
現代においても新たな迷信が再生産されている
「井の頭公園でボートに乗ったカップルは別れる」
「東京ディズニーランドにカップルで行くと別れる」などは、
現代の若者にとって常識的な迷信と言える
地域によってさまざまなバリエーションが生まれ、
関西地方では、「万博公園に行くと別れる」というぐあいである
またコアラのマーチとうお菓子にまつわる迷信
(眉毛つきのコアラが幸運を呼ぶ)が、爆発的に全国的に
広がったことも記憶に新しい
時代の変遷とともに新迷信が登場するのは、
現代に始まったことではなく、過去においても、
迷信はその時代時代で新陳代謝をくり返してきた
幕末、写真機が登場したときには、
「3人写真で真ん中に移ると死ぬ」といわれ、
その後革靴が普及した際は
「靴の紐が切れるのは縁起が悪い」という新迷信が登場した
柔軟性、可変性に富んでいるという日本文化の特性は
迷信を巡ってもまた例外ではないのである
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